北里大学薬学部 薬物動態学

研究室の概要

薬物動態学を基盤として最適な薬物療法を指向する

- サイエンスとヒューマニズムの融合 -

北里大学薬学部 臨床薬学教育・研究センター 薬物動態学教室は、2020年4月にスタッフと活動拠点を一新し、現在は相模原キャンパスを中心に活動しています。

投与された薬物が体の中でどのように挙動するのか、実際に私たちの目で確かめることはできません。この動きを時間の推移とともに定量的に表現するのが、薬物動態学です(正しくは薬物が動くというより、人の体が薬物を処理する様相です)。定量的に表現することで、医薬品の有効性と安全性を最大限に引き出し、最適な薬物療法を導くためのヒントを得ることができます。

日本の医療現場では、薬物動態学が治療薬物モニタリング(Therapeutic Drug Monitoring, TDM)として活用され、その重要性は高く認識されています。一方で、難解な数式を多用するという印象からか薬物動態学を敬遠される方も多く(これは薬学生も同じです)、その機能が必ずしも十分に発揮されていない側面もあります。

私たち薬物動態学教室のスタッフは、薬学部教員として教育・研究へ携わるとともに、北里大学病院薬剤部(兼務)の職員として今なお医療現場に立ち続けている経験から、薬物動態学の機能をより高めるために、2つの方向からアプローチしたいと思います。


薬物動態処方支援システムの開発に関する研究

医療現場で薬物動態学を「使う」ことを追求するアプローチです。人工知能(AI)を用いた解析によって、最適な処方(用法・用量を含む)の選択を支援する方法を検討します。また、現在人間が行っている臨床決断のプロセスを AI で行う医療 AI の開発へ取り組んでいます。

TDM の投与設計は臨床薬剤師のプライオリティでしょうか? 現在はそうかもしれませんし、そう思い込んでいるだけかもしれません。しかし将来も同じとは到底思いません。例えばロジックの定まった初期投与設計は、機械学習で自動処理できるでしょう。対話すら自然言語処理によって自動化することが可能です。この機能を内蔵したアプリケーションプログラムをモバイル端末へ入れておけば、処方医が任意のタイミングで最適解を得ることができます。そうするともはや夜間休日にベッドサイドで常駐しているとは限らない臨床薬剤師の介入は必要なくなってきます従来人間が行っていた業務を省人化した先に私達は何ができるのか、職能のサステナビリティと本格的に向き合う時代へと突入しています。


臨床薬物動態学の教育手法の改善に関する研究

薬物動態学を「理解する」ことを追求するアプローチです。学習効果を最大限に高める教育手法を検討します。卒後に研究者を志す者が決して多くない現在の薬学科6年制教育を鑑み、社会のデジタル化に対応し新しい仕事を創出するために求められる技能や視点養うことを意図しながら、臨床薬物動態学の教育手法改善へと取り組みます

研究室内では、薬物動態モデルと添付文書・IFレベルの情報を使いこなし「感覚的に」患者さんの体内動態を捉えるトレーニングを行います。ベイズ推定、簡易な薬物動態モデルであれば個体間変動と固体内変動の数値から「感覚的に」パラメータ補正値を推定できる水準まで到達することができます。感覚的な理解は正確な理解と比較し、曖昧さが残るかもしれません。しかし曖昧さがあるからこそ時折生じる違和感が想像力を高め、危険予知や問題解決能力の向上へ繋がっていくと考えています。


私たちは皆同じように見えて、性格や価値観、生活環境が少しずつ異なります。母集団平均と分散のような関係で、多数では確率的に母集団平均へ収まっても、さまざまな要因によって個々は平均から大小ずれている方が自然です。同様に、多数のデータから導かれた科学的に最適なことと、目の前の一人に最適なことは、必ずしも一致するとは限りません。

医療分野においても機械化、自動化、省人化が加速する一方、人に対して提供する行為には心を込めた意思が大切です。薬物動態学教室のスタッフは、サイエンスの追究とヒューマニズムの尊重を両立して薬物動態学の機能を高めていきたいと考えています。

Masahiro Kobayashi

小林 昌宏

KOBAYASHI Masahiro